韓国 光州での滞在を終えて
韓国では、2016年9月2日〜11月6日まで光州ビエンナーレが行われています。
私たちAITは、その関連プログラムとして9月2日〜3日にかけて行われたフォーラムに招かれて、秋晴れの光州を訪れました。
光州ビエンナーレのメインホール。9月の初めはまだ少し暑さも残ります。
開催地である光州広域市は、1980年の光州事件が残した傷跡を癒し、民主主義の重要性を訴える街として、そのアイデンティティーを形成してきました。軍事政権時代を経て1995年に始まったこのビエンナーレは、市民運動の精神を受け継ぐことも大きな目的のひとつとしています。
関係者のみならず、多くの市民も集まった華やかなビエンナーレのオープニング・イベント
<フォーラム "to all the contributing factors"「全ての貢献者たちに」>
今回の光州ビエンナーレは、2007年にAITでトークを行ったマリア・リンドがディレクターを務め、作品の展示だけではなく、100あまりの小中規模の文化機関やアートスペースが世界中から一堂に会し、様々なテーマに沿ってディスカッションを行うフォーラムが開かれました。そこでは、各団体らが取り組む活動の価値の高め方、そして長期的にその価値を作り続けるために必要な仕組みを探ることが目的のひとつとされています。ビエンナーレの役割を、しばしば耳にする「地域振興」や「地域のブランディング」という枠を越えるものとして捉え、光州ビエンナーレのような大規模な国際展だからこそ実現可能な新しい議論の創出としてこのフォーラムが用意されたことが、マリア・リンドによるプレゼンテーションで伝えられました。
3日に行われたフォーラムでは、私たちが参加した「Self-organization(自主的な運営団体)」や「Education (教育)」をはじめ、「De-colonization(非植民地化)」、「Collective/Common/Community in the art scene(アートシーンにみられるコレクティブ/コモン/コミュニティ)」など、それぞれの団体がこれらのテーマに沿ってグループに分かれ、ディスカッションを行いました。「Self-organization」では、展覧会を行うためのギャラリーとの恊働や、レジデンス・プログラムを行う際に求められるアーティストとの関係性など、プログラムを作るための工夫や基準をそれぞれが例を挙げて対話が進みました。一方の「Education」では、各団体がこれまでの活動で培った知識やアーカイブをどのように掘り起こし、さらに発展させていくことができるかを話し合いました。プログラムの後半は全員が集まり、団体の運営や費用の問題とその持続可能性など、各ディスカッションを掘り下げながら活発な意見が飛び交いました。このフォーラムを通して、例えばイギリスのグラスゴーの文化機関CCAにある"Public Engagement Curator"(公との接点をつくることに特化したキュレーター)という存在や、オルタナティブなものへと変容しつつあるミュージアムの役割のケースなど、それぞれの国と地域で活動する彼らがアートを取り巻く環境の変化や課題に取り組む姿を知ることができました。このフォーラムの継続により、新たな思考や、面白いプロジェクトが生まれていく予感がしました。
グループディスカッションの様子
光州ビエンナーレのキュレーターが司会を務め、ディスカッションが続きます。
立食パーティも行われました。
<Asia Art Space Network: Kula in Asia>
AITは、光州市の文化機関であるAsia Culture Centerにおいて9月1日から10月20日まで行われている展覧会、Asia Art Space Network: Kula in Asiaにも参加しました。これは、アジアを中心に活動するアートスペースの紹介と、ネットワークの形成を目的とした展覧会イベントです。タイトルに使われている「Kula」とは、パプアニューギニア諸島に伝わる、言語や文化が異なる部族の間で行われる交換の儀式を指します。この展覧会に日本から唯一の参加となったAITは、アーティストや文化機関、行政、企業などとこれまでに恊働したプロジェクトに加え、教育プログラムのMAD、レジデンス・プログラム、近年のアートアワードなどの活動を通じて制作した数々のフライヤーやポスター、インタビュー記事を展示しました。まるで「デザインとともにみるAITの歴史」とタイトルがつきそうな私たちの展示スペースは、これまでのプロジェクトを一緒に作り上げてきた多くのアーティストや関係者の姿を浮かび上がらせます。これらをきっかけに、興味深そうに日本、そして東京のシーンに目を向ける来場者との会話も弾みました。
また、展覧会に加えて趣向を凝らしたイベントも行われ、私たちは、レジデンス・プログラムで来日したアーティストやキュレーターからお土産として頂いたお茶を持参して振る舞いました。彼らが日本で交流した知識と経験は、展覧会のテーマ「Kula」にもなぞらえられます。イベントでは、イギリスやタイ、ビルマ、スリランカからのお茶を並べ、それらを通して、来場者と更なる交換の連鎖に繋げたいと考えました。会場ではファッションショーも行われ、展示スペースを簡易的にミュージック・クラブに変えて楽しませる所もあり、光州にいることを忘れさせるくらいアジアの熱気が感じられました。
大規模な文化機関であるAsia Culture Center
会場中央には砂が敷かれ、大きな作品も展示されています。
各国のお茶と、奥に見えるAITの展示スペース
AITの歴史がここから滲み出てくるようです。
展覧会のスタッフもお茶を飲んでにっこり
私たちの展示スペース前で記念撮影。
右から展覧会ディレクターのPaikさん、キュレーターのAhnさん、ACC館長のSun-gyuさん、AITの川口と東海林
<光州ビエンナーレ"WHAT DOES ART DO?" 「芸術は何を為すのか?」>
今年で11回目を迎える光州ビエンナーレは、作品が一番多く展示されているメインホールを中心に、サテライト会場として先のAsia Culture Centerを含む市内の各美術館を会場に構成されています。メインホールはGallery 1から5まで展示スペースが大きく分けられ、映像作品をじっくり鑑賞できる空間なども用意されており、十分な見応えがあります。
以下、私が気になった作品を2点紹介します。
Marie Kølaeback Iversenによるインスタレーション作品(一部)
アフガニスタンを原産国とするラピスラズリが、5つの大きなスクリーンに映し出されたIversenによるこの作品には、《Mirror Therapy》とタイトルがつけられています。ラピスラズリの幻想的なイメージとは裏腹に、特に2001年から2014年の間、アフガニスタンで起こった戦争により手足を失ってしまった兵士たちに用いられた作業療法である、ミラーセラピーの存在について触れています。
メインホールの一階にいくつか展示されているNabuqiによる彫刻作品(一部)
《A View Beyond Space》とタイトルがつけられたこれらの彫刻作品は、ビルや住宅、樹木や道路など、普段私たちが都市空間として認識するモチーフを用いて、抽象的で新しい風景を浮かび上がらせています。
これらメインホールの他にも、無料のシャトルバスが各会場を結んでおり、Asia Culture Center から10分ほど歩けば、光州事件や各国の民主化運動にまつわる資料が展示されているMay18 Archivesにも行くことができます。
時間がいくらあっても足りないと思わせるほど白熱したディスカッションが繰り広げられたフォーラム、そしてAsia Culture Centerでの展覧会は、それぞれの手法で"WHAT DOES ART DO?" 「芸術は何を為すのか?」 という大きなテーマに目を向けようと試みていました。アートスペースの「今」を展示することで、現在進行形のアートの一部を紹介し、また、フォーラムを通じてアートがどのように成り立つかを考える機会となりました。芸術は何を為すのか、私たちに一体何ができるのかという問いを出発点として、私たちはアートと人の関係に何を期待するのか、そしてそれを実現するために何ができるのかという能動的な疑問が浮かび上がり、長期的に取り組む姿勢の重要性を感じました。
レポート:川口茜
2016-10- 6