広州 リサーチトリップ・レポート
2019年10月、中国広東省広州にある時代美術館から招きを受け、AITの堀内奈穂子と東海林慎太郎が、広州と深センにリサーチトリップを行いました。
ここで、その様子をご紹介します!
左:開発が進む時代美術館前の敷地 / 右:和洋折衷の騎楼建築が並ぶ旧市街
このリサーチでは、2020年1月から始まるレジデンスプログラムに向け、公募で選出されたアーティストとのミーティングや同じく広州で活動するアーティストのスタジオ訪問、また、時代美術館(Times Museum)が取り組むコミュニティプログラムで連携を行うNGOや農村で女性の社会参加をサポートする団体、文化人類学のアプローチからアートプロジェクトを行う広州美術学院(The Guangzhou Academy of Fine Arts)の准教授を訪問するなど、さまざまな場で意見交換をしました。
広州は、香港の北西部に広がるパールリバーデルタ(Pearl River Delta、珠江デルタ)地帯に位置する港湾都市で、古くから「食在広州=食は広州に在り」と言われ、広東料理発祥の地としても知られています。近年は、北京や上海に次ぐ中国第三の都市として、急激な変化と発展を遂げています。実際に、市内では大規模な開発と建設が行われ、粉塵の嵐とも言える光景が広がることもしばしば。そうした発展の裏には、物価高やそれによって生じる所得・情報格差によって、都市と農村部の差は大きく広がっているように見えます。教育のインフラを例にしても、都市部においては「少年宮(The Children's Palace)」といわれる政府主導の子ども向け課外活動施設が多数建てられ、さまざまな障がいを持つ児童や若者への支援が行き届き、充実したその受け皿に驚きながらも、郊外や農村部の就学率は依然低く、子どもたちの学習機会や女性の社会参画が限られるなど課題が表出しています。そのような中で時代美術館は、領域を横断する専門家との関係を構築しながら、こうした地域の諸課題を照射したアーティストの表現や取り組みを通して、プロジェクトや展覧会を企画しています。
左:レム・コールハウスの設計により、建物の三棟にまたがる14階部分を連結するよう建設された美術館。市内を一望するテラスは、展覧会のオープニングでも活用されるそう。 / 右:1階入り口。プロジェクトスペース「バンヤンコミューン(banyan commune)」やトークなどが開催される空間とカフェも併設されている。 / 下:歌や工作、体を動かす体操などさまざまなレクリエーションのクラスで人気がある少年宮。ザハ・ハディットがデザインしたオペラハウスの目の前という市内でも賑やかな場所に立つ。
5日間のリサーチトリップでは、広州のみならず、深センで槇文彦/槇総合計画事務所設計によるV&A美術館、また中心部の華僑城エリアに広がるOCT Art and Design Gallery、広州郊外では、中国の現代アートシーンを牽引するVitamin Creative Spaceが藤本壮介に設計を依頼して田園地帯に建てたプロジェクト兼ギャラリースペースMirrored Gardensにも足を延ばして、活動の様子を聞き、展示を見ることができました。
手入れの行き届いた小さな池もあるMirrored Gardensの中庭。
今回の訪問で特に印象的に残っている場所の一つに、広州市内から高速道路を走ること2時間、その後、くねくねと曲がる山道を30km以上も走った先にある小さな農村があります。そこでは、2013年から活動するNGO「緑芽公益基金会(Rural Women Development Foundation Guangdong)」が数年にわたり村の人々と良好な関係を作り、フィールドリサーチと女性の社会参画のため支援をしています。
私たちが訪れた100人規模が暮らす東明村で、NGOの関係者は「ここは中国のどこにでもある、特徴も名産もない普通の村。でも、中国全土の多くの村がそのような状態にあるのよ。」と教えてくれました。この村の若者たちもやがて都市部に出稼ぎに行き、そこに残るのは女性や高齢者という状況が珍しくありません。
NGOがここで活動を始めて村に作られたものに、村で収穫した新鮮な野菜や食材を使って、女性たちが訪問者に料理を振る舞う共同の台所があります。そこには大きな鍋と調理台が2つ、食卓も10人が座れるほどのサイズですが、孤立した村で家庭に入り外部との接点が限られている女性たちにとって、料理を作り村で採れた梅を原材料に自家製の梅酒や花のお茶を販売することで、社会や経済活動と接続点を持つことは、村の歴史を紡ぎ、文脈を再発見することとしても機能しています。
私たちが野菜の炒め物や米のスープ、芋をやわらかく煮た昼ご飯を頬張っていると、台所には村の子どもたちやさまざまな世代の住民が集まり、いつの間にか一緒に遊んだりくつろいだりする場となっていました。
上:調理台と台所の様子。大きなお鍋や食器が並ぶ。 / 下:村で収穫したレンコン、サツマイモ、インゲン、そして、最近養殖を始めたというロブスターが食卓に並ぶ。海から離れた農村部では大切な食材として扱われ、生姜やニンニクを効かせた味付けに箸が進み会話も弾んだ。
日本の現代アートシーンの紹介に加えて「ケア」や「フクシ」をテーマにしたレクチャーとレジデンスプログラムの協働について話す機会を主催した広州美術学院(The Guangzhou Academy of Fine Arts)の准教授Chen Xiaoyang氏はこの訪問にも同行し、NGOと連携しながら文化人類学的なアプローチでフィールドリサーチを行い、住人との対話を重ねてきました。彼女は今後、村の奥に古くからある建物に新たな展示空間を加えた改修と建設を行い、来年以降に源美術館(Yuan Museum)のオープンを計画しています。そこでは、日本の過疎高齢化の進む限界集落で開催される地域芸術祭なども参照しながら、ソーシャリー・エンゲージドアートの議論や実践を取り込み、アーティストの制作、学び、社会課題を考える場として美術館が機能することを目指しています。
上:丘の古い建物と、真横に新しく建設した現代的なガラス張りの展示スペース。入り口には魔除といわれる龍の眼が。背景には野山と無農薬農園が広がる。
上:かつて学校として使われていた建物は、改修後、村の周辺に見られる自然の学習スペースや訪問者用の宿泊部屋に。 / 下:住人の先祖を祀る社。この時は爆竹を鳴らし娘の結婚を報告する両親の姿が。信号はなく、鶏も犬も自由に行き交う。
このほか、時代美術館でも過去に展示をしたVitality Group(アーティストのWu Chao & Xia Weilunによるユニット)のスタジオを訪問しました。Wu Chao & Xia Weilunは、主に病院でプロジェクトを展開しています。医療従事者やセラピスト、時には宗教の専門家などさまざまな人々と意見交換を行いながらプログラムを作り、これまでに中〜重度の麻痺症状を持つ患者に知覚的な刺激を与えて症状を緩和することを試みるプロジェクトや入院生活により抑鬱状態を経験する人々に向けてワークショップやワークブックを活用して心理的な変化を呼び起こす実践をしています。彼らによれば、中国では医療とセラピー、アートとの関係性はまだ浅く、専門家との信頼や関係を築きながら自らの表現を行う難しさも体感しながらも、具体的な変化を生み出しているそう。参加者の心理的かつ健康状態の変化を一定期間リサーチするVitality Groupの実践からは、プログラム参加前後でどのように患者あるいは同伴者の心理状態が変化したのか調査・観察する方法論を取り入れたニューヨークの美術館「MoMA」によるアルツハイマー患者とその家族に向けて行われた鑑賞プログラム「Meet Me」を彷彿とさせ、他の専門分野との共同研究、方法論を応用する可能性を感じます。
整然と並んだ制作道具。上階には小さなプラスチック製の人形や置物が多数並んだユニークな部屋も。
来年1月からレジデンスプログラムに参加するErGao(エルガオ)は、ダンサーとして長いキャリアをもち、自身のダンスカンパニー/スタジオ「二高表演」を主宰しながら、身体表現を通したワークショップやパフォーマンス作品の制作をしています。これまでにスイスやドイツ、フランスなどで実験的なダンスパフォーマンスの発表を行うほか、子どもやダウン症の人々など多様な参加者との協働も経験するなど、自由で即興的な動きに記憶や文化的あるいは社会的な規律が無意識に表象されることに関心を持っています。
今回、彼を招聘する大きな理由として、東京、北海道の「べてるの家」に集うさまざまなメンバーと身体を通したコミュニケーションを実現させたいという思いがあります。そこには彼らの「当事者研究」や「プレイバックシアター」など、自己の症状や心理を探求する創造的な実践とも接続点が見出せること、言語コミュニケーションに制約されずとも成立するErGaoの表現と実践に、軽やかな協働の可能性を感じています。
また、GoProカメラを胸に装着して、人々へのインタビューや自己、他者の身体の動きを映像に残す手法も、プロセスが見えにくいと言われる「ケア」や「フクシ」に関心軸におくレジデンスプログラムをアーカイブし、検証するために重要な要素だと考えます。
ErGaoは、2020年1月より2月末まで来日して、東京と北海道浦河のべてるの家に滞在します。終盤には、その体験をべてるの家が行う「当事者研究」の観点から語ることも試みるトークなどを予定しています。
ErGaoのスタジオでは、さまざまな年代が集い、楽しそうに体を動かす場面が見られた。
この滞在を終えて実感したのは、程度やスケールは異なっても、地域や国を超えた社会課題の差異や共有点、互いの実践から学び得ることの可能性です。
開発が進み人の移動が流動化して住環境にもそれが折り重なると、必然とコミュニティの形成や役割にダイナミクスが生じます。高層マンションが並ぶ市街地で耳にした「アーバン・コミュニティ」は、出入口のゲートが設けられたミクロな住宅群として映りながら逆説的に外部との遮断を孕むものでもあり、この先の開発は、アーバン・コミュニティを取り巻くエコシステムにも変化を要請していくのかもしれません。中国全土にある少年宮のようなレクリエーション/エデュケーションセンターの裏側で、ほとんどがこのような村と言われる郊外の姿も存在しています。
社会活動を推し進めるNGOの活動が顕著な広州。そこから見えてくるアートと福祉、私たちがよりよく生きることを交差させるAITと時代美術館の協働は、この滞在とレジデンスプログラムを通したアーティストの実践を皮切りに、ここから複数年に渡って継続すべく、議論を進めています。
堀内奈穂子、東海林慎太郎
*本文中、固有名詞の簡体字は常用漢字で表記しました。
2019-11-29