バッカーズ・ファンデーション/AIT レジデンス・プログラム 2015
この夏、AITでは、バッカーズ・ファンデーションの助成により、レジデンス・アーティストとしてカンボジアからラッタナ・ヴァンディとカニータ・ティス、そして、ポーランドのウジャドゥスキー城現代美術センターからキュレーターのマリアンナ・ドブコウスカを迎えました。それぞれが貴重な時間を日本で過ごし、そして、無事に帰国していきました。今日は、このブログで彼らの滞在の様子をお伝えします。
ラッタナとカニータは、滞在の成果の一つとして、新作を含めた展覧会「Today of Yesterday - 過去に在る、いま」を山本現代にて7月11日から25日まで開催しました。ラッタナは都内のスタジオで釘を打ち続け、カニータは針金を巻き、制作に励みました。ラッタナが作品の一部として書いた文章からは、まるで今を表すかのような混沌とした状況の中で人びとが戸惑うさまが、にじみ出ているようでした。それは、あやつり人形のようにも見え、黒く塗られたギャラリーの壁に何本も打たれた釘のざわつきからは、無数の声が静かに伝わります。制作途中、何度かスタジオを訪問すると、当の本人はなんとも陽気で、ジリッと暑い東京の空を眺めては、タバコの煙をくゆらせ、本当は飛行機に乗るのが嫌いなんだと教えてくれました。そして、抹茶のアイスクリームを前にすれば、子供のように喜んだりする、そんな茶目っ気もあるのがラッタナです。
カニータは、針金を巻くことに多くの時間を費やしました。インタビューの中で彼女が言っていたように、改めてカンボジアから離れることによって、母国のさまざまな歴史を、彼女の内的な方法で向き合う時間に変換できたのではないでしょうか。展覧会では、作品を彫刻として扱うのではなく、自由に触れ、その感覚を大切にして欲しいと言っています。ギャラリーに置いた紺色の大きなクッションも、ゆっくりと腰を掛けてもらいたいという彼女の考えでした。普段は日本の映画やアニメに触れ、古めかしい曲のメロディを歌って皆を驚かせたり、ダンスで楽しませてくれるのも、カニータの魅力です。
展覧会のタイトルになった「Today of Yesterday」。皆さんにはどう響きましたか?実は、これはラッタナとカニータから提案されたものでした。初めて耳にすると、必死に、正確に意味をとらえようとして、思考が一旦停止するような感覚になりませんか?(私だけでしょうか…)彼らが体感している「今日」、「昨日」。私は、何気なく使っているその言葉を透かしたり、ずらしてみたりしました。連綿と続く今日と昨日、そしてほんの少し見える、いや、見たいと思うこれからに、彼らが残してくれた言葉を反芻しては想いを募らせました。
2人は、約3ヶ月におよんだ滞在を通して、どのように日本、そして私たちがいる東京を見たのでしょうか。展覧会での作品を含め、彼らの今後の活動から、その視座がにじみ出てくるだろうと思います。そのダイナミズムを、今後も眺めていきたいと思っています。また、展覧会に加え、滞在の中盤には、武蔵野美術大学に招かれて作品についてのトークをする機会がありました。学生の方々と交流を持てたことで、彼らも喜んでいました。また、AITでもトークを行い、映像作品を見せながら、作品について、また彼らが眺めるカンボジアの状況についても知る機会がありました。
マリアンナは、日本のアートシーンの草の根的な動きにもよく目を配り、日々、美術関係者やアーティストとの積極的な交流から多くを吸収していました。滞在の後半は、AITの大隈が企画した別府のツアーにも参加し、現在開催中の芸術祭「混浴温泉世界」を鑑賞、温泉も堪能しました。余暇には陶芸体験をし、無邪気に、かつ無心にろくろへ向かう姿が印象的でした。AITで行ったトークでは、ウジャドゥスキー城現代美術センター A-I-Rラボラトリーで手がけたプロジェクトや、レジデンス・プログラムについて紹介してくれました。食や建築など幅広い活動領域も取り込み、穏やかで自由な気風を交えながら構築されるコミュニティの姿は、興味深く映りました。レジデンス・プログラムを介して生産されるモノ・コトは、彼女にも予測できないと言います。形式にとらわれることなく、これからもレジデンス・アーティストとの対話・議論を土台に、活動を続けていってくれるでしょう。
最後になりますが、展覧会にご来場いただいた多くの方々、そして開催にあたり、温かいサポートを下さった関係者の方々に、お礼を申し上げます。加えて、AITでのトークにお越しいただいた皆さま、ありがとうございました。
3人はそれぞれの地に戻りましたが、ここでの滞在が彼らにとって実りあるものであったことを願うとともに、ますますの活躍を期待してやみません。
(テキスト:東海林慎太郎 レジデンス・プログラムのサポートを担当)
ラッタナが渋谷で目にとめた看板
カニータの部屋に貼られていた中国語で書かれた歌の歌詞
多摩川でマリアンナが見た風景
*ラッタナの『MONOLOGUE』は、国立国際美術館に巡回中の「他人の時間」展で9月23日までご覧いただけます。また、HUGO BOSS ASIA ART Award 2015 最終選考者の1人にノミネートされ、10月30日より上海のRockbund Art Museumにて展覧会が行われます。
*カニータは、12月にプノンペンで個展を行います。
*8月10日〜16日 AIT夏期休業となります。
2015-8-10