【旅のレポート】アートバーゼルでマーケットの源流を目撃しよう! バーゼルとローザンヌでアートと現代建築をめぐる7日間
2013年のAIT海外アートツアー第1弾、アートバーゼルを中心にスイスをめぐるアートの旅。同行したAITのキュレーター、堀内奈穂子によるツアーレポートをお送りします。
はじめに
現代アートのプログラムを手がけるNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ(AIT/エイト)の企画/エスコートにて、世界最大規模のアートフェアー「アートバーゼル」を訪ねるツアーを実施しました。
ヨーロッパが美しい季節を迎える6月。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アジア、アフリカ等から 300以上の主要ギャラリーが参加する「アートバーゼル」は、世界中からコレクターやアート関係者が押し寄せる注目を集めるイベントです。
今回のツアーでは、この他にもバーゼル市内の美術館をめぐり、日本でも関心が高まっているアール・ブリュット・コレクションを訪ねてローザンヌに立ち寄り、近郊まで足を延ばして建築家・コルビュジエの初期の建築群も訪れるなど、スイスのアート・シーンを様々な角度から眺めました。
そして、このツアーの特長の一つとして、ツアー前の特別レクチャーと懇親会があります。アートにあまり詳しく無い方も、アートへの知識を事前に深めたり、出発前から他の参加者の方々と交流を楽しむことができました。
アートバーゼル
2013年は、6/11と 6/12のプレビューを含め、6日間の会期で 86,000人の入場者数を記録したアートバーゼル。世界中から304軒のギャラリーが参加し、4,000人以上のアーティストの作品が紹介されました。ピカソやマグリットなど、数十億の値をつける20世紀の著名アーティストの作品や、国際展でも活躍する注目の若手アーティストまで、ここでは、お財布が許せばありとあらゆる作品が「購入」できるのが特長です。
主要会場に加え、世界で注目を集める建築家のヘルツォーク&ムーロンが新たに設計した「Unlimited」の会場では、名立たるアーティストの作品やインスタレーションが紹介され、美術館級の大作が並びます。今回は、見た目に華やかな作品のみではなく、政治や社会をテーマにしたシニカルな映像やインスタレーション、また、近年、ニューヨークの美術館などで展示が続く、60年代に活動したアーティストの作品が目立ちました。
その他、若手アーティストの作品を紹介するセクションやフィルム、エディション、屋外展示、また、キュレーターやアーティストのトークまで 8つのプログラムに分かれている会場は、一日では足りない膨大な情報量です。
ツアーの一行も、一つでも多くのギャラリーや作品を見るべく、朝から閉館時間まで会場をまわってアート・マーケットの規模感、賑わいを体験しました。足を使って作品を見る、体験するというのもアート・ツアーの醍醐味の一つですね。
夜は、参加ギャラリーの一つである GallerySIDE2 の島田淳子氏やアーティストのピーター・マクドナルド氏、日本からのコレクターとの食事会に参加。制作や展示の工夫について、作品の購入について、アートバーゼルの見学を通して浮かんできた疑問を挙げながら、さらに深いアートの話しで盛り上がります。
バーゼルの美術館めぐり
さて、アートバーゼル開催中は、周辺の美術館も力の入った展覧会を行います。特に、バーゼルはコレクターが有名建築家に依頼して建設した美術館が多数あり、建築・アートの両方が楽しめる場とも言えます。
レンゾ・ピアノが設計したバイエラー財団、ヘルツォーク&ムーロンが手がけたシャウラガー、マリオ・ボッタによるティンゲリー美術館など、路面電車の移動範囲に名立たる美術館が並びます。
ローザンヌへ
ツアーの後半は、鉄道を乗り継いでバーゼルからローザンヌへ移動しました。運行時間の正確さ、乗り換えのしやすさはスイスの鉄道だからこそと言えます。そして、そんな体験ができるのも10名前後の少人数ツアーならではの楽しみでもあります。
ローザンヌでの大きな目的の一つは、アール・ブリュット・コレクションです。「アール・ブリュット」とは、フランスの画家ジャン・デュビュッフェが提唱した概念で「生(き)の芸術」」と訳され、正式な美術教育を受けていない人の表現などを指します。ジャン・デュビュッフェは、自分が収集したアール・ブリュットの作品を1971年にローザンヌ市に寄贈。その後、現在に至るまで3万点以上の作品が収集されています。
アール・ブリュット・コレクションの展示室に入って気づくのは、壁が黒く塗られているということ。これは、通常の美術館のような白い壁の空間「ホワイト・キューブ」といった主流の展示方法、作品の選び方ではなく、それとは違う表現を模索したアール・ブリュットならではの意識を表しているそうです。
日本でも有名なヘンリー・ダーガーの作品をはじめ、自分の信仰・世界の見え方を、反復される文字や模様などで表現しているもの。貝殻や牛乳パックを素材にした緻密な作品が並びます。日本人の作品も多数収集されています。
アール・ブリュットの作品は、今年の国際展のベネチア・ビエンナーレでも多くが紹介され、その表現がますます注目されています。
ツアー前半に見た壮大なアート・マーケットと、時に誰にもきづかれることなく、自分の信念だけで制作されてきたアール・ブリュットとの出会いや比較を通し、表現の幅の広さ・豊かさが見えてきます。
ラ・ショウ・ド・フォンへの小旅行
この旅の最後には、スイスが輩出した歴史的な建築家・ル・コルビュジエの故郷であるラ・ショウ・ド・フォンを訪ねました。ラ・ショウ・ド・フォンは、ローザンヌから電車で1時間程の場所にあり、スイスの時計製造業の街として知られています。時計職人が細かい手作業がしやすいよう、光が入る南側に向かって碁盤目状に家々が並ぶ市街は、世界遺産にも登録されています。
「ル・コルビュジエ」と名乗る以前、本名のシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリだった頃、彼は美術学校の在学中に最初の住宅「ファレ邸」をこの地に建てます。その後、ギリシャやトルコを旅し、そこで見た建築や技法の影響が見える邸宅、両親の家「ジャンヌレ=ペレ邸」を設計するなど、若かりし彼はこの地でさまざまな思考実験を行います。
バスを降りて、小高い丘の上にある「ジャンヌレ=ペレ邸」までは、徒歩で向かいました。道の両脇には整然とならぶ住宅の数々。どれも優しいパステルカラーの外観だったり、庭を奇麗に手入れしていたりと、街を大切にする住民の細やかな意識に溢れています。「ジャンヌレ=ペレ邸」も、ガイドを担当してくれたのは地元のボランティアのご夫婦。丁寧に解説してくれました。自分が暮らす場所の文化や表現を理解し、それを伝え、残して行く姿勢がスイスのアートの歴史を作ってきたのかもしれません。
夕方はローザンヌに戻り、参加者みんなでツアー最後の食事。毎日一緒に食事をしながらアートについての議論を深める中で、いつの間にか以前から知っている仲間のような親しさを覚えていく旅でした。
今回のツアーには、AIT(エイト)が開講する現代アートの学校 MAD(Making Art Different)の受講生のほか、企業で働く方、定年を迎えた方など、知識も経験も世代も異なる多様なバックグラウンドを持つ方々に参加いただきました。
アートという共通の興味を通して、自分の関心を思い切り語り合う、脳も身体も活性化する密な時間となった5日間。ここからまた、新たなアートの旅が生まれていきそうな、どこまでも想像が広がる刺激的な日々となりました。
ツアーの詳細はこちら>> http://www.a-i-t.net/ja/future_archives/2013/03/arttour-basel.php
2013-12-24