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ヴェラ・メイ

1)はじめに

日本に訪れる前、膨張する巨大都市について少しでも理解を深めるため、3冊の書籍を手がかりに東京について考えることにした。そのテキストとは、ナイジェリア生まれの小説家テジュ・コールによる『開かれた町(Open City )』(2011)、哲学者ジル ドゥルーズ、フェリックス ガタリによる『千のプラトー──資本主義と分裂症』(1980)、そして、村上春樹の『ノルウェイの森』(2000)だ。これらを起点として、都市機能が生み出す秩序や社会力学、その臨場感について想像することができた。

私は多くの場合、都市の経験を、そこで開催されている展覧会の経験と重ねながら考える。これは、批評家トニー・ベネットの『展示コンプレックス(The exhibitionary complex)』(1995)でも触れられているように、公共における行動のあり方は、いかにして展覧会という形式から読み取ることができるだろうかという問いを想起させてくれる。

そこで、私はそうした問いを持って、民間機関からアーティスト・イニシアティヴまで、展覧会がどのようにキュレーションされているかをリサーチすることにした。また、それらの活動と、私が所属するニュージーランドにおける大学付属の美術機関、また、私の受け入れ先となったアーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]による教育プログラムなどとの比較検証も試みたかった。

結果的に、東京という拡張を続ける都市と、そこに根付くアート・コミュニティーは、過密な都市ならではの多様性や複雑さ、詩趣に富む様子など、さまざま側面を見せてくれた。その中でも、特に地下鉄の路線図は、東京を理解する上での重要な美学的要素であり、地上に限らず、空と地下という垂直に伸びて行く都市の様相を教えてくれた。

2)東京滞在中の活動について

東京滞在中、私は、多くのキュレーター、アーティストに会うことに集中したほか、さまざまな文化機関を訪問した。ギャラリーや美術館については、現代アートに限らず、江戸東京たてもの園など、日本の美やそれによって養われてきた歴史を知る場にも訪れた。

また、私の滞在先のアパートは浅草にあったため、都心に出る際には地下鉄をよく利用した。このことは、地下茎のように張り巡らされた東京の規模感を知る上で、とても役に立った。他にも、浅草は、通常「下町」や「古き良き東京」といったイメージに集約されがちだが、ブラジルからの移住者コミュニティーなど、そうしたイメージに限らない多様性があることも発見できた。これは、一定期間暮らしたからこそ見えてきた、社会のダイナミズムと言える。

東京滞在の最大の収穫の一つとして、キュレーターのチェ・キョンファ氏やAITの堀内奈穂子氏に会えたこと、また、京都のSocial Kitchenを運営する須川咲子氏、アーティストの三田村光土里氏、森弘治氏、土屋信子氏、山下麻衣氏+小林直人氏、また、イギリスからのキュレーター、キース・ウィトル氏、水戸芸術館の高橋瑞木氏などに会い、交流を深めたことが挙げられる。また、アーツ千代田3331や水戸芸術館などのアートスペースや美術館、さらに、東京都現代美術館の「MOTアニュアル2012風が吹けば桶屋が儲かる」展で見た下道基行氏や森田浩彰氏の作品、また、森美術館の「会田誠展:天才でごめんなさい」などは非常に興味深い展示として印象に残っている。

特に、「MOTアニュアル2012風が吹けば桶屋が儲かる」展と、国立新美術館での「アーティスト・ファイル2013 −現代の作家たち」は、どちらも若手作家のグループ展でありながら、それぞれ全く異なるアプローチが試みられており、比較を行う上で参考になった。

京都では特に、Social Kitchenで開催されたパネル・ディスカッションに参加し、須川氏を始め、キュレーターやアーティスト、参加者と意見交換が出来たことが意義深い時間となった。

3)AITでのトークイベントについて

AITが主催した私のトーク「東京メトロ・リゾーム・展覧会としての都市」では、文化人類学の研究者の高森彩子氏をはじめ、私が東京滞在中に出会ったさまざまなアーティスト、キュレーター、研究者を招くことができた。これは、あらためて私の思考を紹介し、親交を深める良い機会となった。

4)滞在の成果、今後の活動について

第一に、ニュージーランドのオークランドで開催が予定されている展覧会に、山下麻衣氏と小林直人氏の作品を紹介する予定でいる。

第二に、Social Kitchenでのパネル・ディスカッションを機に、2014年度は、私が所属するオークランド工科大学付属のSt.Pauls stギャラリーに、須川咲子氏を3ヶ月間招聘することになった。須川氏は、学生や現地のアート・コミュニティーとのプロジェクトを行う。また、AITの堀内奈穂子氏とは、同ギャラリーが主催するオークランド・アートフェスティバルにて、日本の現代美術の展覧会を企画する。この展示は、東京滞在の経験から見えてきた社会状況がヒントになり「不可視なエネルギー(invisible energy)」というテーマで行う。そこでは、10名程度の日本人アーティストを紹介する予定でいる。

第三に、滞在後の成果として、AITのレジデンスを機に、アジア・ニュージーランド財団からの助成を受け、2013年秋に再び日本に滞在することができたことだ。その際、「あいちトリエンナーレ2013」や「瀬戸内芸術祭2013」などの国際展の他、直島、神戸、広島などを訪問した。

滞在を通して見えてきた発見は、都市における導線が、展覧会という経験にも置き換えられるという点だった。東京においては、あらゆるものが混在しているからこそ、路線図や標識などにより、そこを最短距離で移動するような経路が導き出される。展覧会もまた、鑑賞者は一方向に進むように導かれ、その導線に沿って物語が展開していくような構造になっている。

巨大都市ならではの拡張や散逸といったこうした要素は、そのために多様なアートシーンを形成しているように見えた。象徴的なのは、例えば東京には、そこに行けばアーティストが集まっているという、溜まり場、いわゆる中心が無いのだ(これは東京の高い賃貸事情のためともいえる)。その代わり、あらゆる場所に散逸し、幾重にも展開していく多様なパルスを持っている。また、若手の日本人アーティストの作品もまた、儚さや精巧さ、内省的なものなど、多層で詩的なものが表現されている。これらの経験は時に、村上春樹の小説の世界を見ているようにも思えた。

AITでのレジデンスは、日本の美の歴史と現代文化との関係性など、私が従来持っていた関心をさらに深め、刺激してくれる重要なものとなった。今後は、ニュージーランドからシンガポールに移り、センター・フォー・コンテンポラリーアートでの勤務が確定している。そこでも継続的に、こうした経験で養った知識を掘り下げる予定でいる。



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