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スジャッド・ダルタント レポート

キュレーションの関心領域と『関係性の美学』の諸問題について

私のキュレーションの関心は、社会史のほか、個人的・集団的な記憶とそこから形成されるアイデンティティーの関係性が挙げられる。こうしたことが、平面や立体作品、また、多様な表現メディアを通してどのように立ち表れるかについて考察している。

これらのことは、フランス人キュレーター、ニコラ・ブリオーが発表した『関係性の美学』(1998)とも結び付けて考えることができる。この概念については様々な議論が展開されているが、制作やキュレーションの実践を、それまでの方法や慣習とは異なる視点で眺めたという点で興味深い。私は、現代におけるキュレーションとアートの実践を通して、この概念を再調査してみたいと思っている。

アートは、鑑賞者や空間、場所の関係性の中で成り立つと考えると、その文脈や言説と常に不可分といえる。それはまさに、私たちがどのように他者を眺め、またその逆もありうるかを考えるゲームのようなものともいえるだろう。そのように考えると、例えば、『関係性の美学』を非西洋圏で考察したときに、何が見えてくるかについて考えてみると面白いのではないか。

photo by: Yukiko Koshima

2)東京でのリサーチと発見について

東京の現代アートはダイナミックなものであった。アーティストたちは、個人的な意識や記憶から立脚するものから集団的な記憶まで、ローカル/グローバルな問題について表現しているように見えた。中には、歴史に言及しつつ、その連続性、もしくは不連続性を提示している作品もあった。東京は、アートの中心地のひとつとして、無数の展覧会やプロジェクトを通して国際的な関係性が築かれる重要な場だと考えられる。アーティストにとっても、積極的に共同制作や領域横断的なプロジェクトを行える場であるように見えた。

こうした東京のアートシーンを理解し始めた当時は、インドネシアの状況とも類似していると考えていた。しかし、例えばアートへの助成制度についていえば、インドネシアは日本や西洋、オーストラリアに比べると、基盤はまだまだ整備されていない。インドネシアでは、アートマーケットで成功しているアーティストがいる一方で、支援が少ないシステムの中で、その糸口を探し、もがいているアーティストも多い。

このことは、芸術的/美学的概念は、生産様式や生産関係と切り離すことができないという、マルクスによる上部構造と下部構造の関係も想起させる。私は、『関係性の美学』を生産関係の基礎とし、アートの実践がどのように「関係性」を反映するかについて、考え続けている。

photo by: Yukiko Koshima


3)日本のアーティストについて

私は、東京は全てがよく整備されている印象を受けた。また、アーティストは震災と津波災害に対して積極的に行動を起こし、支援に貢献しているように見えた。こうしたことから考えると、創造性は、現代の状況と関わりを持ちながら、問題を解決することも可能であるのではないかという考えに至った。こうしたアーティストの活動は、アートが社会の発展に貢献できるという一つの事例として捉えられるだろう。つまり、アートは、知的な営みに限ったものではなく、オーディエンスと社会に影響を与えるものでもある。こうしたことから、「関係性」という概念は、アートの知的・芸術的営みといった制限を超え、多くの可能性を開くことができると考えている。アートは、都市部あるいは遠隔地と密な交流を持つことができるし、夢や希望を生み出す社会の基盤ともなり得るだろう。

4)滞在における交流と、さまざまなアート・スペースについて

私と同時期にAITのレジデンス・アーティストとして東京に滞在していた、ロシア出身のアーティスト、クセニア・ガレイヴァの作品について知ることができた。彼女は、現在と過去の橋渡しを、写真表現を通して行っている。作品の数々は、彼女の個人的な記憶でもありながら、歴史との対話のようでもあった。また、アーツ千代田3331で見たレジデンス・アーティストの展示も、アートと社会をつなぐことを試みる作品が印象的であった。茨城県守谷市にあるレジデンス・プログラム、アーカススタジオでは、ホワイトキューブではなく、スタジオ周辺に作品を設置している様子が興味深かった。そのほか、東京では多くの美術館、ギャラリー、アートフェアへ訪問する機会があったほか、仙台への調査旅行では、せんだいメディアテークをはじめ、東北大学で開催されていた「東日本大震災以降 建築家はどう対応したか」展、ビルド・フルーガスなど、さまざまな場を訪問することができた。これらは、日本の現代アートの状況について目を開かせてくれるものであった。


私にとってアートは、違いや隔たりを埋めることができるものである。アートはコミュニケーションの一種であり、メッセージを変換することができるはずだ。日本とインドネシアは、今後も、対話とコミュニケーションを持ち続け、それぞれの独自性、特徴、地域性を考慮し続けていくべきである。

5)今後の活動について

帰国後には、ジャカルタ・コンテンポラリー・セラミック・ビエンナーレ(JCCB / 2012年12月)のキュレーターを務め、日本からは、川崎千足を参加作家として招待した。また、2015年に開催予定の同ビエンナーレにおいても、日本の現代陶芸作家を積極的に招聘する予定でいる。その他、今回の滞在を機に、2014年には、日本--インドネシアの交換プロジェクトを立ち上げることを構想している。これについては、両国における領域横断的な表現を紹介したいと考えている。



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