ストリートペインティング・プロジェクト「見て見て☆見ないで」2
「見て見て☆見ないで」展示風景(記録冊子より)/撮影:越間有紀子/デザイン:福岡泰隆
■プロジェクトについて
東京アートポイント計画とNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]は、建造物の壁面などを新進・若手アーティストによる作品発表の場として活用する目的として、2011年8月から2012年3月まで、福士朋子氏による作品を東京芸術劇場前の工事仮囲いに展示しました。福士氏は、仮囲いにより一時的に「見えなく」なる世界を、2次元と3次元をつなぐキャラクター「ラッキーちゃん」を通して、言葉とマンガの形式によって表現しました。
気まぐれに現れてはまた別の世界へと軽々と飛び越えていくラッキーちゃんは、工事の仮囲いという一時的にのみ存在する場所でいきいきと動きまわり、道行く人々と束の間のコミュニケーションを楽しんでいるようでした。
Street Painting Project "Look, Look at Me ☆ Don't Look" by Tomoko Fukushi. Using 2 dimensional characters created by the artist, which extend out into the 3rd dimension, this work makes visible the normally hidden views behind the construction wall fence.
■福士朋子インタビュー
Q1. 「見て見て☆見ないで」は、建築の仮囲い壁という、とても特殊な場での展示でした。現場は、仮囲いに沿って細い道があり、その向いにはホテルやカフェ、交通標識が並び、情報の多い場でした。作品は、そうした文脈と密接な関係性があったと思いますが、福士さんはあの空間をどのように捉え、作品のアイディアを思いついたのでしょうか。
A:プランを考えながら、何度か現場に足を運んで池袋駅の西口周辺もゆっくり歩いてみました。あの場所は路地裏の抜け道のようでもあって、それに気づいた時に、ラッキーちゃんをこっそり潜ませるような、あるいは突然現れるような、周辺の景色に絡めた展示方法にしたいと思いました。同時に、仮囲い壁の「隠す」ということと、「隠すとかえって見たくなる」ことも取り入れたいと思いました。
「見て見て☆見ないで」展示風景/撮影:越間有紀子
Q2. 作品設置の方法は、12枚の作品を4回に分けて貼り付け、段階を踏んで全貌が現れるというものでした。設置に立ち会うなかで、屋外ゆえに、道行く人たちのいろいろな反応が見られたと思いますが、何か印象に残っていることはありますか?
A:4回目の設置の時、ご近所の方から、「防犯のために貼っているの?」と尋ねられたのですが、よくお話を伺うと、池袋は壁に落書きが多くて治安も悪いので、こういうのはとても良い、ありがとう、とおっしゃって下さいました。他には作業自体に興味を持って立ち止まって見ている方や写メを撮っていく方もいて、設置現場はライブで作品を作っているような緊張感でした。
「見て見て☆見ないで」展示風景
Q3. これまでの福士さんの作品についてお聞きします。FAXで自作マンガを送信する「ラッキー☆ラッキー」や、インターネット上で不定期にマンガを更新する「少女画帖」など、ウィットに富んだ発表方法も福士さんの作品の魅力の一部だと思います。今回の「仮囲い」もまた、不特定多数の人々が作品を目にするという意味で、これまでと共通する部分があったのでしょうか。何か新たな発見はありましたか?
A:私のマンガは、FAXの時も現在のインターネット上でもほとんど私の友人、知人が読んでくれているだけなので、不特定多数の人のことはそれほど意識しないで描いています。逆に、仮囲い壁の場合、まったく無名のキャラクター、ラッキーちゃんが突然公共の場所に貼られていても興味を持たれないのではと心配だったので、キャラクターだけではなくマンガの形式を使って、パっと見た時にも壁面全体でなんとなくストーリーがあるような見せ方を考えました。個人的に発信しているマンガとは違って、東京都からの依頼でもあるし公共の場での展示に、内容や言葉ひとつにも神経を使いましたが、私がこの場所を楽しんで作ったことがそのまま伝わったらよいなと思いました。「この壁にラッキーちゃんを」、とかなり思い切った決断をしてサポートして下さったAITスタッフと東京文化発信プロジェクトのスタッフの皆さんに感謝しています。一人では絶対不可能なプロジェクトで、今後の制作のヒントを沢山いただきました。
「見て見て☆見ないで」展示風景/撮影:越間有紀子
Q4. 一つ前の質問に関連します。美術大学で油絵を学んだ福士さんは、絵画も制作する一方で、近年はホワイトボードやマグネットを用い、主にマンガの手法を使って作品を制作しています。「絵画」から「マンガ」への移行の背景には、どのような考え方、アートの捉え方の変化があったのでしょうか。
A:大学院を修了して、しばらくは風景などをモチーフにした抽象的なペインティングを描いていましたが、それと並行して「FAXマンガ」を描いていました。最初は自宅のFAXから数人の友人に送っていました。ギャラリーでの個展やコンクール出品以外の発表方法はないか、FAXで何かできないかと考えたりもしていました。それでもペインティングを発表する時はマンガのことは表には出しませんでした。10年ほど経って、2005年にはペインティングもマンガも同じ空間で、どちらが上とか下とかではなく、同等のものとして並べる個展(『近くの現象学』art&river bank)を行い、私の博士論文でもペインティングとマンガの関係に触れたので、その頃からペインティングにマンガの形式や構造を取り入れる方法を考えました。マンガのキャラクターや、フキダシの形、印刷のドットなど、表面的、記号的なものではなく、マンガのコマ割りによる時間や主体、視点の変化、「内語」という声に出さない言葉など、文法的なものをペインティングに取り入れたいと思って制作するようになりました。「ペインティング」から「マンガ」へというより、「ペインティング」と「マンガ」が自分の中でようやく融合してきた、という感じかもしれません。
ホワイトボードを使うようになったのは、キャンバスに絵の具といったいわゆる画材ではなく、日常でメッセージを伝えるための道具で、書いたり消したりできるし、磁石などをくっつけたり動かしたりできる支持体だったからです。ある意味「固定されないペインティング」なので、動きを持ったマンガの空間や形式、つぶやきのような小さな声を支えるのに適しているように思います。
Q5. 福士さんの作品に登場する「ラッキーちゃん」というキャラクターは、アーティストの心情や社会に対するつぶやきをシニカルに、また、ユーモアたっぷりに代弁しているように思えます。ラッキーちゃんが生まれた経緯があれば、ぜひ教えてください。
A:ラッキーちゃんが生まれたのは、1995年です。私自身がもう学生ではなくなり、展覧会等への出品を始めた頃です。発表を始めたものの、こんな作品でよいのか、これが仕事につながって食べていけるのか悩んだり、誰かの批評の一言に落ち込んだり、とても不安な時期でした。作品が全く相手にされない時も、自分がまだ若くて女性であることとずいぶん関係がありそうだと、嫌でも感じることがありました。一方で急に若い女性作家たちがとりあげられていた時代でもありました。そんな中である男性が、当時活躍されていたある女性作家のことを「あんなのただのお絵描き少女だ!」と一蹴していたというウワサを聞いて、唖然としながらも「じゃあ、お絵描き少女ってどんな人?」と試しにキャラクターを描いてみたのが始まりでした。身も蓋もありませんが・・・。それがFAXマンガ『ラッキー☆ラッキー』につながっていきます。「お絵描き少女」発言は、今はもう通用しない侮蔑ですが、根っこのところは案外変わっていないと思います。
Q6. 作品のテーマについてお聞きします。昨年のスパイラルの「SICF12グランプリ受賞アーティスト展〈出口/入口〉」での展示を拝見すると、大相撲の八百長問題や、謝罪会見のようにも見えるモチーフを使用した時事ネタがあったように思います。人々の記憶に残る社会のニュースや、自分を取り囲む環境を作品化するなど、テーマや素材で何か意識していることはありますか?
A:最初から時事ネタや社会のニュースを意識するというよりは、家で、ぼーっとテレビを見ていたり、電車に乗った時などに、ふと気づいたり思いついたどうでもよいことをメモしておくことがあります。それはしばらくして4コママンガになったり、それまで直球すぎて描けなかったようなテーマと結びついてホワイトボードの作品になったりしています。
謝罪の作品はテレビを見ていて、「最近色んな人がよくお辞儀をしているなぁ。」と思ったのがきっかけでした。「お辞儀」という日本独特の慣習もずっと不思議でした。芸能人や会社、団体などのトップが並んで頭のてっぺんを見せて、カメラのフラッシュを浴びたらそれで問題は解決したように思われて、事件や事故そのものは忘れ去られてしまう。当事者には何も終わっていないのに。一体誰に向かっておじぎをしているのだろう、といつも思います。それをテレビで見ている自分の立場も妙です。そんな状況をそのまま現してみようと思いました。
現在の主なテーマは、対義語です。一組の対照語、反対語は本当に相反するのか、なぜそういう組み合わせになったのか、そこに発生する不自然な上下関係や抑圧について考えています。題材は、やはり身近なところで見つかることが多いです。
SICF12グランプリアーティスト福士朋子展〈出口/入口〉展示風景(スパイラルショウケース、2011年)/撮影:市川勝弘
『表と裏』2011年 180×130×55.6cm ホワイトボード、油性マジック、マグネットシート/撮影:末正真礼生
Q7. 最後にお聞きします。仮囲いの作品では、ラッキーちゃんは、壁のあっち側とこっち側の世界、つまり2次元と3次元をいきいきと移動していました。今回の展示が終了した後、ラッキーちゃんは次にどこにいくのでしょうか?ラッキーちゃんが旅をする異次元の世界を、ちょっと覗いてみたい気がします。ぜひ教えてください。
A:どこに行くのでしょうか・・・。私もラッキーちゃんには、またどこか別の場所に違う形で現れてほしいです。今年中に、これまでに描いたラッキーちゃんのマンガを自費出版で一冊にまとめる予定です。いつかどこかで出会っていただけたら嬉しいです。今後ともラッキーちゃんをよろしくお願い致します。
「越えなくちゃ」2012年 「見て見て☆見ないで」
記録冊子おまけステッカーのために制作
■福士朋子 略歴
撮影/越間有紀子
2005年東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻油画修了。女子美術大学准教授。風景をモチーフにしたペインティングを経て、現在はホワイトボードにマジック、既製品のマグネットなどを使って、マンガの要素を取り入れた作品を制作。スパイラルが主催する「SICF12」にてグランプリ受賞(2011)。並行してマンガをウェブサイト「少女画帖」で連載中。
福士朋子HP:
ホワイトボードワークス
http://www.h7.dion.ne.jp/~lucky/works.html
マンガのサイト「少女画帖」
http://www.h7.dion.ne.jp/~lucky/
制作過程が見えるブログはこちら
制作過程1(2011年8月29日):http://www.a-i-t.net/blog/2011/08/post-5.php
制作過程2(2011年9月5日):http://www.a-i-t.net/blog/2011/09/2-1.php
制作過程3(2011年9月13日):http://www.a-i-t.net/blog/2011/09/3.php
制作過程4(2011年9月21日):http://www.a-i-t.net/blog/2011/09/post-7.php
■概要
プロジェクト名:ストリートペインティング・プロジェクト「見て見て☆見ないで」
アーティスト:福士朋子
展示場所:東京芸術劇場仮囲い壁
展示期間:2011年8月から2012年3月まで
主催:東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
作品コピーライト:福士朋子
写真クレジット:越間有紀子(制作プロセス以外全て)
東京アートポイント計画とは?
本プログラムは、東京アートポイント計画の一環として実施しています。「東京アートポイント計画」は、東京の様々な人・まち・活動をアートで結ぶことで、東京の多様な魅力を地域・市民の参画により創造・発信することを目指し、「東京文化発信プロジェクト」の一環として東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が展開している事業です。http://www.bh-project.jp/artpoint/
NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]とは?
AITは、キュレーターやアート・オーガナイザー6名が、現代アートと視覚文化を考えるための場作りを目的として、2002年に設立したNPO団体です。個人や企業、財団あるいは行政と連携しながら、現代アートの複雑さや多様さ、驚きや楽しみを伝え、それらの背景にある文化について話し合う場を、さまざまなプログラムをとおして創り出しています。AITの主なプログラムには、現代アートの学校MAD(Making Art Different)、海外からアーティストやキュレーターを招聘するアーティスト・イン・レジデンス・プログラム、展覧会やアーティスト・トークなどがあります。これからの芸術が生まれる場作りを行い、それを人々に伝えてゆく仕組み作りに取り組んでいます。
2012-4- 3